彼はひどい有様だった。
切る暇もなく伸び放題の髪を乱雑に縛って、それでも落ちてくる伸び切った前髪を痛々しい程強く掴んで頭を抱えて、硬質なフォルムの指輪が額を傷つけうっすら血が滲んでいた。
彼自身はまるでお構い無しだった。背後に立つオレにもまるで気付いていないようだった。また、目の端が赤かった。
できれば誰も傷つけたくないんだ、と、会議の終わり際オレはうっかり口にしてしまった。
隣の彼には聞こえてしまった。
ああそれともオレ、聞こえるのわかってて、彼がオレの言葉を聞き逃すはずないこと知ってて言ったのかな。
決行前夜、ヒリヒリとした空気を隠しきれずに、それでもどうにか寝静まったふりをしているアジトの一角で、彼だけは煌々と目も眩むような白い光の下、まだもがいている。
足下に散らばった走り書きは、難しい漢字の専門用語と数式とアルファベット、たぶんイタリア語が、入り乱れてて、オレにはさっぱり読めなくて、自分一人でやってみせるからと防壁を作って突き放されたみたいな気分だった。
「寝ないの?」
わざと語尾を跳ね上げて、明るい疑問形にした。彼はビクリと肩を震わせた。
ほら、気付いてなかった。
暗がりから見てたオレのこと。
「明日、朝早いよ。君が先発部隊なんだから」
とりあえず、振り返ってはくれた。
部下の礼儀なんだ、きっと。
眼差しは休む気はないって言ってる。
ああ、どうしてこうなんだろう。
オレが痛いよ。
どこかわかんない。けど、君のその目で見られると、体の奥が痛むんだ。
痛い。
たったその一言を言い訳にして、せっかく君が作ってくれた床一面の走り書きを、努力の跡を忠誠心を踏み付けて、オレは彼に駆け寄った。
たった二歩だったけど、オレは全力疾走だった。
だって、痛い。
いっそ彼が居なかったらいいと思うぐらい。
このまま消えてくれればいいのに。
押し潰されて、居なくなってくれてもいい。
そう思いながら肩に手をかけて背中に腕を回して引き寄せた。抱くなんてやさしい気持ちじゃない。オレのからだに押し付けた。
骨が軋めばいい。息も出来なくなればいい。オレの痛さがちょっとでもわかればいい。このまま居なくなってくれてもいいんだ。こんなやつ大嫌いだ。
胸の辺りに湿った空気が吐き出された。
声だったのかもしれない。
知らない。
どうせ、十代目、しか言わないんだから。
「もういいから。」
声が怒った風に出て、いつもならしまったと思うところなのに、今日はもう、止めようとも思わない。
「もういいから。やめて。君がやらなくていい」
振りほどこうと、オレの胸に当てられていた腕が、急に力を失う。
「もういいよ。どーせいっつも無茶苦茶だし、ここってとき役に立たないし、怪我するし、非常識だし、暴走するか騒ぎを大きくするか全部吹き飛ばすしか能がないんだから。」
役立たずっていうんじゃないか、こーゆーの。
オレの腕のなかで獄寺君はどんどん冷たく小さくなっていく。
知ってるよ。
だってオレ、ダメツナだもん。
もういいって言われたときの、身体が消えてく感じはよくわかるんだ。
だから。
「もういいよ。獄寺君。
オレがいるから。
君がどんな失敗しても、
オレがいるから、
みんないるから、
君が無理しなくていい。
大丈夫だから、お願いだから、
もうやめて。」
腕のなかでどんどん彼の身体が小さくなって細く冷たくなって消えていく。
このまま消えてくれていいのに。
消えてしまえばいいのに。
そして残った最後の一かけらで、オレにしがみついて、オレのからだの奥の痛いところをふさいでくれたらいい。
そうしたら、オレも君も痛いところなんてなくなるのに。
でもきっとオレのそんな思いは彼には届いてなくて、彼もきっと今どうしようもなく痛い思いを抱えてて、この深い谷を渡せるなにかが見つからなくて、泣くことも出来なくて、オレはただ彼の身体をつかまえていた。
痛かった。
いつか伝わる日が来るんだろうか。
伝えられるようになるんだろうか。
痛いねって、痛かったねって。
多分獄寺君が右腕を目指すように、今はオレにも欲しいものがあるんだ。
でもそれはなんなのか、手に入れるにはどうしたらいいのかわからなくて、
痛くて仕方がなかった。
痛いから、きっと痛いはずの獄寺君の身体を抱いていた。
押し潰すみたいにしがみつくみたいに身体を寄せて、いつか朝が来るはずだから、長い夜をせめて泣かずに越えられるように。
朝が来たら夜が明けたら、君に一番に伝えられるように。
おしまい。
やっとなんか自分のなかで
つなさんがわかってきた。
気がするまぼろしだったらこまる
切る暇もなく伸び放題の髪を乱雑に縛って、それでも落ちてくる伸び切った前髪を痛々しい程強く掴んで頭を抱えて、硬質なフォルムの指輪が額を傷つけうっすら血が滲んでいた。
彼自身はまるでお構い無しだった。背後に立つオレにもまるで気付いていないようだった。また、目の端が赤かった。
できれば誰も傷つけたくないんだ、と、会議の終わり際オレはうっかり口にしてしまった。
隣の彼には聞こえてしまった。
ああそれともオレ、聞こえるのわかってて、彼がオレの言葉を聞き逃すはずないこと知ってて言ったのかな。
決行前夜、ヒリヒリとした空気を隠しきれずに、それでもどうにか寝静まったふりをしているアジトの一角で、彼だけは煌々と目も眩むような白い光の下、まだもがいている。
足下に散らばった走り書きは、難しい漢字の専門用語と数式とアルファベット、たぶんイタリア語が、入り乱れてて、オレにはさっぱり読めなくて、自分一人でやってみせるからと防壁を作って突き放されたみたいな気分だった。
「寝ないの?」
わざと語尾を跳ね上げて、明るい疑問形にした。彼はビクリと肩を震わせた。
ほら、気付いてなかった。
暗がりから見てたオレのこと。
「明日、朝早いよ。君が先発部隊なんだから」
とりあえず、振り返ってはくれた。
部下の礼儀なんだ、きっと。
眼差しは休む気はないって言ってる。
ああ、どうしてこうなんだろう。
オレが痛いよ。
どこかわかんない。けど、君のその目で見られると、体の奥が痛むんだ。
痛い。
たったその一言を言い訳にして、せっかく君が作ってくれた床一面の走り書きを、努力の跡を忠誠心を踏み付けて、オレは彼に駆け寄った。
たった二歩だったけど、オレは全力疾走だった。
だって、痛い。
いっそ彼が居なかったらいいと思うぐらい。
このまま消えてくれればいいのに。
押し潰されて、居なくなってくれてもいい。
そう思いながら肩に手をかけて背中に腕を回して引き寄せた。抱くなんてやさしい気持ちじゃない。オレのからだに押し付けた。
骨が軋めばいい。息も出来なくなればいい。オレの痛さがちょっとでもわかればいい。このまま居なくなってくれてもいいんだ。こんなやつ大嫌いだ。
胸の辺りに湿った空気が吐き出された。
声だったのかもしれない。
知らない。
どうせ、十代目、しか言わないんだから。
「もういいから。」
声が怒った風に出て、いつもならしまったと思うところなのに、今日はもう、止めようとも思わない。
「もういいから。やめて。君がやらなくていい」
振りほどこうと、オレの胸に当てられていた腕が、急に力を失う。
「もういいよ。どーせいっつも無茶苦茶だし、ここってとき役に立たないし、怪我するし、非常識だし、暴走するか騒ぎを大きくするか全部吹き飛ばすしか能がないんだから。」
役立たずっていうんじゃないか、こーゆーの。
オレの腕のなかで獄寺君はどんどん冷たく小さくなっていく。
知ってるよ。
だってオレ、ダメツナだもん。
もういいって言われたときの、身体が消えてく感じはよくわかるんだ。
だから。
「もういいよ。獄寺君。
オレがいるから。
君がどんな失敗しても、
オレがいるから、
みんないるから、
君が無理しなくていい。
大丈夫だから、お願いだから、
もうやめて。」
腕のなかでどんどん彼の身体が小さくなって細く冷たくなって消えていく。
このまま消えてくれていいのに。
消えてしまえばいいのに。
そして残った最後の一かけらで、オレにしがみついて、オレのからだの奥の痛いところをふさいでくれたらいい。
そうしたら、オレも君も痛いところなんてなくなるのに。
でもきっとオレのそんな思いは彼には届いてなくて、彼もきっと今どうしようもなく痛い思いを抱えてて、この深い谷を渡せるなにかが見つからなくて、泣くことも出来なくて、オレはただ彼の身体をつかまえていた。
痛かった。
いつか伝わる日が来るんだろうか。
伝えられるようになるんだろうか。
痛いねって、痛かったねって。
多分獄寺君が右腕を目指すように、今はオレにも欲しいものがあるんだ。
でもそれはなんなのか、手に入れるにはどうしたらいいのかわからなくて、
痛くて仕方がなかった。
痛いから、きっと痛いはずの獄寺君の身体を抱いていた。
押し潰すみたいにしがみつくみたいに身体を寄せて、いつか朝が来るはずだから、長い夜をせめて泣かずに越えられるように。
朝が来たら夜が明けたら、君に一番に伝えられるように。
おしまい。
やっとなんか自分のなかで
つなさんがわかってきた。
気がするまぼろしだったらこまる
PR