山本が誕生日なのでキャッチボールをしてみようと思ったけど、
前日の練習の段階でリボーンと獄寺がいつものアレな展開で
ツナは手を怪我してしまったので
獄寺が山本とキャッチボールをすることになりました。
『オレが勝ったらオレが10代目の右腕だからな!』
そんな感じでどうぞ。
「やきゅうごっこ」
言うだけあって、獄寺の投球フォームは様になっていた。
軽く肩幅に足を開き、胸元に球を構える。グローブの中で握りを確かめる。肩は無駄なく脱力している。背筋も綺麗に伸びている。一度息を吐き、軽く身体を前後に揺らし、足場を確かめる。
息が止まる。ぐいと胸が開かれ、右腕が延びる。しなるように、シャープな弧を描いてボールが加速されていく。
「果てろ!」
気迫とともに打ち出された白球は、まっすぐにまっすぐに、青空目掛けて……山本の左肩のかなり上方に飛んでいった。
「うわっ、獄寺ノーコン!」
言葉より早く、トンッと軽い足音で山本はジャンプする。高く腕を掲げ背筋を反らし、ポスンと軽い音を立ててボールは山本のミットに収まった。
でも、筋は悪くないな。
山本は思う。
もっとまっすぐ、取りやすい位置に投げてくれれば……
「あーっ、山本てめー!」
考えを獄寺の声が遮った。
「捕りやがったな、オレの球!」
……ん?
「獄寺、テニスじゃねーんだから。キャッチボールって取りやすい位置に投げるもんなのな」
説明よりやって見せたほうが早い。山本は投球フォームに入った。ただし、胸は開かない。腕のフリもコンパクトに。獄寺に怪我させないように。いつもチームメイトにやるように、細心の注意を払って。
放たれたボールは、ぽすっと軽い音を立てて胸元に構えた獄寺のミットに収まった。
「おい。」
手の中の白球を睨み、獄寺が刺々した声を出す。
「てめ、今加減しやがったな」
「や、だって獄寺初心者だし」
「ふっざけんな! 本気でやれって言ったろーが!見てろよ、構えろ!」
獄寺は再び投球フォームに入る。今度は真っすぐに、突き刺さるように、山本のミットに飛び込んで来た。手応えは悪くない。確かな重みもある。
微かな表情の変化を見破ったように、獄寺は誇らしげに宣誓する。
「見たか! 大体なぁ、投げることならオレのほうが本職なんだよ。」
ああ、そういやいつもなげてるよな、花火。
よし。
山本は軽くステップを踏んで一歩後に下がった。
「じゃ、今度は八割な」
振りかぶる。体重移動に合わせ、思いきり、前方に打ち出す。ぼすっ。重い音を立て、航跡すらのこさず、気付けば白球はミットの中だ。
「……っ、てぇー……」
獄寺がグローブから手を引き抜いた。赤くなっている。ヒリヒリと熱いのだろう、息を吹き掛ける。
「てめ、何しやがる。いてーじゃねーか!」
「あ、あのさ、獄寺君。」
観戦に徹していたツナが、遂に怖ず怖ずと声をかけた。
「本気出せっていったの、獄寺君だろ?」
「つか今の、八割なのな。」
「……くっそー」
マウンドに立つピッチャーのように、獄寺はコンクリートの床を踏み鳴らす。
「みってろよ。次で討ち取ってやる!」
半ば血走った獄寺の目を見ながら、山本はまた一歩後退する。
獄寺は投球モーションに移る。
どんと踏み出した足に全体重が移行する。膝が折れて力が蓄積されていく。上腕だけじゃない、今度は身体全体をしならせて、ボールが弾き出される。
今までにない衝撃が、山本の左手に走った。びりびりする。今までで、1番。
やっぱ獄寺、センスあるのな。
フォームはどんどん洗練されていくし、距離を広げているのに、球はぐいぐい飛距離を延ばし、重くなっていく。
誇らしげな、その顔を見る。
「っしゃ! 見てました? 10代目! 今のオレの球っ!」
獄寺は満面の笑みをツナに向けていた。
そしてまた、山本は手の中の白球に目を戻す。
山本の野球センスは、チーム内でもずば抜けている。おまけに地道な努力を惜しまないから、彼の技術は、並の中学生のそれを遥かに凌駕している。
実際、彼の強肩に敵うものは部員にはいない。しかし、全9回、彼の本気の球を受け続けられるキャッチャーも、やはり、いないのだ。実力を持て余すひとりきりのエース。
しかし、山本の強打力もやはりチームにとって欠かせないものだ。だから、山本は普段は外野にいる。マウンドに上がれるのはほんの数球、ピンチを凌ぐときだけ。そして、キャッチャーの肩を壊さないよう、かつ、かならず三振で仕留められるよう、(球数が増えれば、キャッチャーへの負担も増す)細心の注意を払って、山本は投げるのだ。
試合では、チームメイトには、本気で投げたことなんて、ない。
ネットに向かって、自主トレでしか、ない。
つまらないなんて思わない。不満なんてない。頼りにしてるぜ、なんて肩を叩かれる。三者凡退でベンチに帰ればハイタッチが待ってる。
不満なんてない。野球は楽しい。
でも
投げてみたい。試合で、本気で。
「おい、どーしたよ山本! 負けをみとめっか?」
獄寺が声を張り上げて、山本は現実に引き戻された。
「まさか」
山本は呟いた。手の中の白球に向かって。
「じゃーごくでらー。肩慣らし済んだとこで本気出すからな。しゃがんでー」
「はあ?」
「キャッチャーだよ。キャッチャー。で、ツナ。その辺立ってくんね? 立ってるだけでいいから。うん、そー、その辺。バッターボックス。」
指示を出してから、山本は二人に背を向ける。適当に距離をとって、振り返る。
うん。この辺だな。マウンドがないのは残念だけど、まあぜいたくは言わない。
「うし。んじゃ本気でなげっからな。獄寺エラーすんなよー!」
「ちょ、待て!10代目に当たったらどーすんだ!」
「ははっ。デッドボールなんか出さねーって」
ツナを見ると緊張した面持ちでこっちを見ている。
「本当に、ツナにはぜってー当てねーから」
「……うん。山本が言うんなら、信じるよ。」
ふっとツナは表情を緩めた。対照的に、獄寺の眉間のシワは深くなる。
「つか、隣にオレがいる以上10代目にてめーのヘナチョコ球が当たるわけねんだよ。」
ぶつぶつ呟いて、そしてまた声を張り上げる。
「おい、オレ、マスクもなんもしてねーぞ! どーすんだよ」
「あー……。ワリィ、いざって時は適当に避けてくんね?」
「はあ!?」
「獄寺ならどーにかなんじゃね? それに、ヘナチョコ球なんだろ。」
「…………上等じゃねーか。」
獄寺は腰を落とし、ミットを構える。
プロテクタもなにもないけど、そのグローブだってキャッチャー用じゃないけど、でも、獄寺ならどうにかなるだろう。
山本は目を閉じた。
9回の裏、一点差、2アウト満塁、カウントツースリー。
打たせて捕るなんて不可能。
おまけに、ここで負けたらトーナメント敗退。先輩達は引退。
文句なしの全力投球で、ストライクをとって、終わらせる。
一つ、息を吐く。グローブの中で、ボールを転がして、握りを確かめる。
後は、ただ、投げるだけ。
いつもなら、そのはずだった。なのに、何故か今日は、心が揺らいだ。グリップが決まらない。
関係、ないんじゃないか?
疑念が心を占めた。
カウントも、敗退も、先輩の引退も。
チームメイトのコンディションとか、交代させられた先発投手の気持ちとか。
だってここは屋上で、そこにいんのはツナと獄寺で、
オレがしたいのは
ただ、本気で投げること、それだけ。
ひたりと吸い付くように右手にボールが収まった。
ただ、全力で、投げるだけ。
息を吐く。目を見開く。胸元にボールを構える。ゆっくりと、時が止まっていく。両手を高く掲げて、ワインドアップ。もう、キャッチャーミットしか見えていない。心から、言葉が消えていく。腕を降ろす。足を掲げる。肩を開く。踏み込む。腕がしなり、風を切る。そして、リリース…………
『そんで、そのあとは?』
唐突に、言葉が帰って来た。
『そのあとは?』
『今ここで全力で投げて、その後は?』
『二人はチームメイトじゃない』
『ふたりとは野球はできない』
『オレは二度と本気じゃ投げられない』
『今ここで本気で投げて、でも、次なんてない』
キィーンと頭を揺さぶるような音がした。
頭の中からした、と、山本は思った。が、
ィーンコォーンカァーンコォーン
間の抜けた音が続いて、予鈴だ、とツナが呟く。
リリースし損ねたボールが指に引っ掛かってコロンと落ちる。どころか、集中の途切れた山本は、おもいっきり態勢を崩して前につんのめった。
「ちょ、山本!? 大丈夫?」
「なにやってんだ、おまえ」
「いや、ちょっと……びっくりして」
……かっこわりー…………
地面に転がったボールに手を伸ばして、山本はそのまま立ち上がれない。
生まれて初めてだ。投球の途中でこけるなんて。しかも、全力投球の途中で。おまけに、今日は誕生日。
ちょっと軽く死にたい気分だった。ともかく今年一年は幸先悪い気がする。立ち直れない。
「山本、本当に大丈夫?まさか足くじいた?」
「あ、いや、」
ツナに駆け寄られてやっと、慌てて山本は立ち上がる。
「平気。なんともねーよ。」
「そか、ならよかった。遊びで怪我しちゃ元も子もないもんね。」
『遊び』
山本はツナの言葉を繰り返す。
さっきの感覚と、部活の試合と、どっちが『遊び』だろう。
「どーしようか。まだちょっと時間あるけど、さっきの仕切り直す?」
「いや、やめとく。教室戻ろうぜ」
もう一度、投げようという気にはなれなかった。
「てことはオレの不戦勝だな!」
「……あの、獄寺君、だからキャッチボールっていうのはさ……」
「はは、まぁいーんじゃね? そーだな、寿司でもおごろうか。多分今日なら親父も出してくれんじゃねーかな。獄寺、それでいいか?」
「……寿司か……」
獄寺は悩むそぶりを見せた。
「ツナも来るだろ?」
「いーの? なんかいっつもご馳走になってばっかだよ?」
「気にすんなって。その手の怪我の分。親父も、オレが友達つれてくと喜ぶしな。
で、獄寺は?」
「10代目が行くんなら、行く。」
「よし。じゃあ決まりな。」
山本はそこで一呼吸おいた。くるっと獄寺に向き直る。
「そんかわり、ツナの右腕は保留な。」
「ああ!?」
獄寺は一段高い声を上げる。
「てめーのは『ごっこ』だろーが!」
うん。マフィアごっこだ。
でも、『ごっこ』とか『遊び』とか『本気』とか、そんなのは誰が決めるんだろう。
「でも獄寺だってさぁ……」
『本気』なものがひとつだけあって、それ以外は全部『遊び』なんて、そんな簡単なものじゃないと思うんだ。
「さっきマジだっただろ。野球ごっこ。」
「あ、あれは……!」
獄寺は、顔を紅潮させて口ごもってしまった。
ほらオレたちには、まだわからないんだ。
本気と遊びの違いなんて、14になったばかりの、オレには、まだ。
.08.07.23/初出.08.04.25
前日の練習の段階でリボーンと獄寺がいつものアレな展開で
ツナは手を怪我してしまったので
獄寺が山本とキャッチボールをすることになりました。
『オレが勝ったらオレが10代目の右腕だからな!』
そんな感じでどうぞ。
「やきゅうごっこ」
言うだけあって、獄寺の投球フォームは様になっていた。
軽く肩幅に足を開き、胸元に球を構える。グローブの中で握りを確かめる。肩は無駄なく脱力している。背筋も綺麗に伸びている。一度息を吐き、軽く身体を前後に揺らし、足場を確かめる。
息が止まる。ぐいと胸が開かれ、右腕が延びる。しなるように、シャープな弧を描いてボールが加速されていく。
「果てろ!」
気迫とともに打ち出された白球は、まっすぐにまっすぐに、青空目掛けて……山本の左肩のかなり上方に飛んでいった。
「うわっ、獄寺ノーコン!」
言葉より早く、トンッと軽い足音で山本はジャンプする。高く腕を掲げ背筋を反らし、ポスンと軽い音を立ててボールは山本のミットに収まった。
でも、筋は悪くないな。
山本は思う。
もっとまっすぐ、取りやすい位置に投げてくれれば……
「あーっ、山本てめー!」
考えを獄寺の声が遮った。
「捕りやがったな、オレの球!」
……ん?
「獄寺、テニスじゃねーんだから。キャッチボールって取りやすい位置に投げるもんなのな」
説明よりやって見せたほうが早い。山本は投球フォームに入った。ただし、胸は開かない。腕のフリもコンパクトに。獄寺に怪我させないように。いつもチームメイトにやるように、細心の注意を払って。
放たれたボールは、ぽすっと軽い音を立てて胸元に構えた獄寺のミットに収まった。
「おい。」
手の中の白球を睨み、獄寺が刺々した声を出す。
「てめ、今加減しやがったな」
「や、だって獄寺初心者だし」
「ふっざけんな! 本気でやれって言ったろーが!見てろよ、構えろ!」
獄寺は再び投球フォームに入る。今度は真っすぐに、突き刺さるように、山本のミットに飛び込んで来た。手応えは悪くない。確かな重みもある。
微かな表情の変化を見破ったように、獄寺は誇らしげに宣誓する。
「見たか! 大体なぁ、投げることならオレのほうが本職なんだよ。」
ああ、そういやいつもなげてるよな、花火。
よし。
山本は軽くステップを踏んで一歩後に下がった。
「じゃ、今度は八割な」
振りかぶる。体重移動に合わせ、思いきり、前方に打ち出す。ぼすっ。重い音を立て、航跡すらのこさず、気付けば白球はミットの中だ。
「……っ、てぇー……」
獄寺がグローブから手を引き抜いた。赤くなっている。ヒリヒリと熱いのだろう、息を吹き掛ける。
「てめ、何しやがる。いてーじゃねーか!」
「あ、あのさ、獄寺君。」
観戦に徹していたツナが、遂に怖ず怖ずと声をかけた。
「本気出せっていったの、獄寺君だろ?」
「つか今の、八割なのな。」
「……くっそー」
マウンドに立つピッチャーのように、獄寺はコンクリートの床を踏み鳴らす。
「みってろよ。次で討ち取ってやる!」
半ば血走った獄寺の目を見ながら、山本はまた一歩後退する。
獄寺は投球モーションに移る。
どんと踏み出した足に全体重が移行する。膝が折れて力が蓄積されていく。上腕だけじゃない、今度は身体全体をしならせて、ボールが弾き出される。
今までにない衝撃が、山本の左手に走った。びりびりする。今までで、1番。
やっぱ獄寺、センスあるのな。
フォームはどんどん洗練されていくし、距離を広げているのに、球はぐいぐい飛距離を延ばし、重くなっていく。
誇らしげな、その顔を見る。
「っしゃ! 見てました? 10代目! 今のオレの球っ!」
獄寺は満面の笑みをツナに向けていた。
そしてまた、山本は手の中の白球に目を戻す。
山本の野球センスは、チーム内でもずば抜けている。おまけに地道な努力を惜しまないから、彼の技術は、並の中学生のそれを遥かに凌駕している。
実際、彼の強肩に敵うものは部員にはいない。しかし、全9回、彼の本気の球を受け続けられるキャッチャーも、やはり、いないのだ。実力を持て余すひとりきりのエース。
しかし、山本の強打力もやはりチームにとって欠かせないものだ。だから、山本は普段は外野にいる。マウンドに上がれるのはほんの数球、ピンチを凌ぐときだけ。そして、キャッチャーの肩を壊さないよう、かつ、かならず三振で仕留められるよう、(球数が増えれば、キャッチャーへの負担も増す)細心の注意を払って、山本は投げるのだ。
試合では、チームメイトには、本気で投げたことなんて、ない。
ネットに向かって、自主トレでしか、ない。
つまらないなんて思わない。不満なんてない。頼りにしてるぜ、なんて肩を叩かれる。三者凡退でベンチに帰ればハイタッチが待ってる。
不満なんてない。野球は楽しい。
でも
投げてみたい。試合で、本気で。
「おい、どーしたよ山本! 負けをみとめっか?」
獄寺が声を張り上げて、山本は現実に引き戻された。
「まさか」
山本は呟いた。手の中の白球に向かって。
「じゃーごくでらー。肩慣らし済んだとこで本気出すからな。しゃがんでー」
「はあ?」
「キャッチャーだよ。キャッチャー。で、ツナ。その辺立ってくんね? 立ってるだけでいいから。うん、そー、その辺。バッターボックス。」
指示を出してから、山本は二人に背を向ける。適当に距離をとって、振り返る。
うん。この辺だな。マウンドがないのは残念だけど、まあぜいたくは言わない。
「うし。んじゃ本気でなげっからな。獄寺エラーすんなよー!」
「ちょ、待て!10代目に当たったらどーすんだ!」
「ははっ。デッドボールなんか出さねーって」
ツナを見ると緊張した面持ちでこっちを見ている。
「本当に、ツナにはぜってー当てねーから」
「……うん。山本が言うんなら、信じるよ。」
ふっとツナは表情を緩めた。対照的に、獄寺の眉間のシワは深くなる。
「つか、隣にオレがいる以上10代目にてめーのヘナチョコ球が当たるわけねんだよ。」
ぶつぶつ呟いて、そしてまた声を張り上げる。
「おい、オレ、マスクもなんもしてねーぞ! どーすんだよ」
「あー……。ワリィ、いざって時は適当に避けてくんね?」
「はあ!?」
「獄寺ならどーにかなんじゃね? それに、ヘナチョコ球なんだろ。」
「…………上等じゃねーか。」
獄寺は腰を落とし、ミットを構える。
プロテクタもなにもないけど、そのグローブだってキャッチャー用じゃないけど、でも、獄寺ならどうにかなるだろう。
山本は目を閉じた。
9回の裏、一点差、2アウト満塁、カウントツースリー。
打たせて捕るなんて不可能。
おまけに、ここで負けたらトーナメント敗退。先輩達は引退。
文句なしの全力投球で、ストライクをとって、終わらせる。
一つ、息を吐く。グローブの中で、ボールを転がして、握りを確かめる。
後は、ただ、投げるだけ。
いつもなら、そのはずだった。なのに、何故か今日は、心が揺らいだ。グリップが決まらない。
関係、ないんじゃないか?
疑念が心を占めた。
カウントも、敗退も、先輩の引退も。
チームメイトのコンディションとか、交代させられた先発投手の気持ちとか。
だってここは屋上で、そこにいんのはツナと獄寺で、
オレがしたいのは
ただ、本気で投げること、それだけ。
ひたりと吸い付くように右手にボールが収まった。
ただ、全力で、投げるだけ。
息を吐く。目を見開く。胸元にボールを構える。ゆっくりと、時が止まっていく。両手を高く掲げて、ワインドアップ。もう、キャッチャーミットしか見えていない。心から、言葉が消えていく。腕を降ろす。足を掲げる。肩を開く。踏み込む。腕がしなり、風を切る。そして、リリース…………
『そんで、そのあとは?』
唐突に、言葉が帰って来た。
『そのあとは?』
『今ここで全力で投げて、その後は?』
『二人はチームメイトじゃない』
『ふたりとは野球はできない』
『オレは二度と本気じゃ投げられない』
『今ここで本気で投げて、でも、次なんてない』
キィーンと頭を揺さぶるような音がした。
頭の中からした、と、山本は思った。が、
ィーンコォーンカァーンコォーン
間の抜けた音が続いて、予鈴だ、とツナが呟く。
リリースし損ねたボールが指に引っ掛かってコロンと落ちる。どころか、集中の途切れた山本は、おもいっきり態勢を崩して前につんのめった。
「ちょ、山本!? 大丈夫?」
「なにやってんだ、おまえ」
「いや、ちょっと……びっくりして」
……かっこわりー…………
地面に転がったボールに手を伸ばして、山本はそのまま立ち上がれない。
生まれて初めてだ。投球の途中でこけるなんて。しかも、全力投球の途中で。おまけに、今日は誕生日。
ちょっと軽く死にたい気分だった。ともかく今年一年は幸先悪い気がする。立ち直れない。
「山本、本当に大丈夫?まさか足くじいた?」
「あ、いや、」
ツナに駆け寄られてやっと、慌てて山本は立ち上がる。
「平気。なんともねーよ。」
「そか、ならよかった。遊びで怪我しちゃ元も子もないもんね。」
『遊び』
山本はツナの言葉を繰り返す。
さっきの感覚と、部活の試合と、どっちが『遊び』だろう。
「どーしようか。まだちょっと時間あるけど、さっきの仕切り直す?」
「いや、やめとく。教室戻ろうぜ」
もう一度、投げようという気にはなれなかった。
「てことはオレの不戦勝だな!」
「……あの、獄寺君、だからキャッチボールっていうのはさ……」
「はは、まぁいーんじゃね? そーだな、寿司でもおごろうか。多分今日なら親父も出してくれんじゃねーかな。獄寺、それでいいか?」
「……寿司か……」
獄寺は悩むそぶりを見せた。
「ツナも来るだろ?」
「いーの? なんかいっつもご馳走になってばっかだよ?」
「気にすんなって。その手の怪我の分。親父も、オレが友達つれてくと喜ぶしな。
で、獄寺は?」
「10代目が行くんなら、行く。」
「よし。じゃあ決まりな。」
山本はそこで一呼吸おいた。くるっと獄寺に向き直る。
「そんかわり、ツナの右腕は保留な。」
「ああ!?」
獄寺は一段高い声を上げる。
「てめーのは『ごっこ』だろーが!」
うん。マフィアごっこだ。
でも、『ごっこ』とか『遊び』とか『本気』とか、そんなのは誰が決めるんだろう。
「でも獄寺だってさぁ……」
『本気』なものがひとつだけあって、それ以外は全部『遊び』なんて、そんな簡単なものじゃないと思うんだ。
「さっきマジだっただろ。野球ごっこ。」
「あ、あれは……!」
獄寺は、顔を紅潮させて口ごもってしまった。
ほらオレたちには、まだわからないんだ。
本気と遊びの違いなんて、14になったばかりの、オレには、まだ。
.08.07.23/初出.08.04.25
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