08在庫整理第二弾。
未完成放置。
通常ツナ獄。
>PLAY
夏です。
ええと……夏って言ったら夏なの! ここ突っ込み不可!
そんな訳で夏です。
夏の健全な学生と言ったら、八月最後の一週間に溜まりまくった夏休みの課題との死闘だと思うんです。
というわけで、オレの目の前には。
国語数学理科社会英語、のワークブック。それぞれ見開き二十ページもあったりしてね。
うわ、それって全部で百回もまっさらなノートを広げなきゃいけないってことじゃん。夏休みをなんだと思ってんの。
と、百ページすべてまっさらな状態で八月二十五日に獄寺君に言ったら、初日から見開き三ページずつやってりゃ休日もありましたよ、と返されました。はい、ぐぅの音もございません。
でも夏休みの中に更に休暇を設けるとかありえないからね。あっはっは。……はぁ。
一日十五ページ? そう、ありがとう。計算速いね、獄寺君。メガネよく似合うね。有能な美人秘書みたいだね。あ、照れた? ……ハイごめんなさい。遊んでる場合じゃなかったです。これから一週間よろしくお願いします。……あーやだなあもお。
あ、でも読書感想文は終わってるんだ、オレ毎年走れメロス使い回してるから。しかも今年は同じく毎年メロス使い回してる山本と取り替えっこしたからね。ちゃんと語尾とかちょこちょこ書き換えたし、多分完璧。
あと今年は理科の自由研究も終わっている。共同研究可ってそういう意味だったんだ。持つべきものは友人って本当だな。
(……あ、最後のは結構本音だ。
三人でランボ達のプールぶん取って水遊びすんのは結構本気で楽しかった。)
(でもやっぱデータ処理は獄寺君に任せましたごめんなさい。
グラフ書いたりは手伝ったので許してください。
電卓も満足に使えなくてごめんなさい。)
「……終わらないって無理だってー。」
足利なんとかさんの上にシャーペン放り投げてオレはちゃぶ台に突っ伏した。
もはやここ数日のお約束。でも、珍しく。
「けど、もーすぐ戦国時代まできましたよー……ファイトっスじゅーだいめー」
今日は獄寺君までぐったりしているのは、オレたちが今ものすごくあほなことをしているからだ。
何って、『クーラーの室温設定30度から始めて、見開き一ページ終わったら室温設定を1度下げてよい。』とかそんなルールを作ってみたんだ。
最初はオレが問題を解くためだったんだけどね。問題解かなきゃ暑さから解放されないから。
でも、現在室温19度。
さっむい!
しかももう時刻は夕方だ。本当は窓を開けて扇風機回せばその方が快適。
地球環境にごめんなさい。明日はこんなバカはしません。いやほんとまじで。
さぁっむいってば!!
なのに、オレはまだ窓を閉め切って逆我慢大会をしていたりする。
なぜならば。
「……10代目ぇ。次のページで折り返しませんか?」
獄寺君はクーラーのリモコンを指差した。
半袖のポロシャツのオレはともかく、獄寺君はタンクトップに薄手のシャツを羽織っただけだ。この冷気が真剣にシャレにならないらしい。体育座りした上に両膝抱え込んで自分で自分を抱いている。
「……宿題の答え、見せてくれたら温度上げてもいい。」
「…………だめです。」
「じゃあ、まだ下げる。ああ、あっついなあ!」
オレは我ながらわざとらしい声を出してシャーペンを握り直した。
そう、意地になって馬鹿みたいな逆我慢大会を続けている理由はただ一つ。こんな具合になんかもう全然最初の趣旨と変わってきちゃってるからです。
だって、さぁ。
じゃあ君は何のために七月の最初の三日間でさっさと全問解いちゃったんですか。
暇つぶしかもしれないけど、嫌がらせじゃあないよね。
オレのためだよねソレ、勘違いでなきゃ。
なんだ? 最終手段は本当に最終まで出さないつもりなのか。徹夜で書き写し作業って、結構辛いんだけどな。今さっさと写してしまえば、残りわずかな夏休み、あと何日か遊びに行けるのに。獄寺君は行きたくないんだろうか。
それとももしかして獄寺君ほんとはオレのこと嫌いだったりとかするのか。
(…………ごめんなさい、今のは本当に冗談です。
忘れてください、オレは忘れます。)
オレは再び空欄だらけのノートとにらめっこする。
えーと。
この建物は金閣寺でこっちは銀閣寺です。孫悟空とは無関係なんだそうです。
オレ、千年も前のエラいヒトよりなんで金閣銀閣が孫悟空と関係ないかの方が知りたいよ。
え? 足利さんは千年も前じゃない?
えーい、年号も引き算も知るか! 年号の一番はじめが1だから全部大まかに千年前なの。
「……わかりました。西遊記は調べときますんで、金閣寺はざっくり六百年前で銀閣寺は五百年前っス。10代目。」
「いや、調べなくていいから答え見せて。」
「だめです。」
即答だし。なんだまだ元気じゃん。
ベッドの上の毛布貸してあげようかなとか思ったけどやめた。
つーかそのシャツ脱ぎやがれ。扇風機の風、直接当てるぞ、おらぁ。
……冗談です。最近オレ獄寺君の口調が感染ったよ。真似できるもん。
…………いや、本当に、今の本気じゃないから。オレ、マフィア関係ないし。
オレはページをめくる。
次いで、意地でクーラーの室温を一度下げる。
リモコンに乗せた手に、獄寺君の手が重なる。
ひんやり、冷たい。
「もう……やめませんか? 10代目。」
獄寺君の手のひらが冷たい。
リモコンより冷たい肌が白い。
白いけどあったかい。
(…………え?)
ごめんなさい。
もしかしてこれは本当に獄寺君は体調がヤバいんじゃないかと思い当たったのは、ささやかな幸福感がオレを満たした後でした。
(平気かな。)
オレは獄寺君の顔色を窺う。
獄寺君はペッタリとテーブルに突っ伏していた。
確かにテーブルの方が室温よりあったかいかもしれない。
左手だけ出して、ぴったりのオレの手に重ねている。
これは、完全に利用されてるな、オレの左手。ホッカイロか何かの代わりにされている。
クーラーの風が当たって、細い髪がはらはらとテーブルに散らばる。毛先が消しゴムのカスの上に乗っかってしまった。せっかくキレイな髪なのに汚れてしまう、と思ったけど、もうちょっと獄寺君を見ていたかったのでオレは手を引っ込めた。
蛍光灯を映して、緑の瞳の中に白い星が一つ。
姿勢はぐんにゃりしているけど、顔色はまだ平気そう。
(まだ大丈夫か。)
比較対象はビアンキ見てぶっ倒れたときの獄寺君だけど、まだ、大丈夫そう。
獄寺君と遊ぶときは慎重に。
でも、今はもうちょっと大丈夫そう。
シャーペンを放して手を伸ばして、銀の髪にくっついてしまったネズミ色の消しカスを取り払った。
「やめるって、宿題を?」
「じゃなくて……。冷房を。」
「答え。」
「だめです。」
「じゃあ続ける。」
「つか、18度って、こっから先ありませんよ。」
「じゃ、次から扇風機。」
「ええ?」
「ほら、あと三ページだから、弱中強でちょうど終わるじゃん。」
__沈黙。
「ねぇ、獄寺君、答え。」
「……ダメです。」
「さーて宿題するかぁ。」
オレ、絶対感染ったよ。このよくわかんない意地っ張り。
オレは一人で笑いを噛み殺す。獄寺君は、雨でずぶ濡れの子犬みたいな目でこっちを見ている。
うん、ごめん。これはちょっといじめすぎたかな。でも、ねえ。
さっきからリモコンの上で重なった獄寺君の手が、ぴったりくっついたまんま離れないんですが。
これはいけると思っていいですか。
(つか、そんな寒いんならこのまま勝手にリモコン押せばいいじゃん。)
手首を返して、重なっていた獄寺君の手を捕まえた。もう片手も捕まえて、引き寄せる。
オレの肩に獄寺君の腕を回して、そのまま獄寺君の身体を背中に乗せる。強制的におんぶ状態。
「、わ……」
獄寺君はちょっと驚いたような声を出して、でも逃げなかった。
獄寺君は逃げなかった。それどころか、両腕をオレの身体の前に回して、マフラーみたいに巻き付く。細い顎が肩に乗って、くすぐったい。ぴったりくっついた背中があったかい。
行けるかな、とは思ってたけど、あんまり素直にくっついてもらえたのでオレは急に恥ずかしくなった。実はこういうのはまだ慣れてない。
(だって、獄寺君あんまりくっついてきてくれたりしないしさ。)
べたべたしてるとか、いっつも一緒にいるとかリボーンなんかには冷やかされるけど、オレたちは実際はちょっと違う。獄寺君は、一緒にいてくれるけど、それ以上こっちには来てくれない。理由はよくわからない。結局、獄寺君から見たら、オレたちって10代目と右腕だから、なんだろうか。
だったらもういっそ据え膳頂いてしまえって気もするけれど、オレは獄寺君が好きなんであって右腕が好きな訳じゃないから、実行できない。それじゃあいつか、獄寺君に、オレが好きなのは沢田綱吉さんではなく10代目です、なんて言われてしまいそうな気がする。
(まさか、そんな日は来ない、とは思うけど。)
けど、自信はない。
(いや、オレ自信持ってることなんか一個もないけどね?)
結局、いつもお預け喰らっているのはオレの方だと思う。主導権も選択権もくれるけどでも、オレが欲しいのはそんなんじゃない。じゃあ何が欲しいんだろ。やることは一通りやってしまった。男同士だし、オレたちはまだ子供だし、こっから先は子供が出来る訳でも結婚する訳でもない。それでも一応、プロポーズでもしてみる? 二つ返事で一生付いてきますって言ってもらえそうだけど、そんなのが欲しい訳じゃない。右腕として一生お仕えする覚悟とか、されても困るんだ。オレが欲しいのはそういうのじゃなくて……何が欲しいんだろ。
……あ、なんだかぐるぐる考えてるうちに悲しくなってきた。
(せなか、あったかいな。)
背中が温かいので、オレは全部忘れて宿題をすることにした。
歴史は、今朝、縄文時代から始めてやっと戦国時代です。
この辺はゲームのおかげでちょっと詳しい自信がある。
ええと、織田信長と豊臣秀吉と……あれ?
「獄寺君、幸村は?」
「真田幸村は天下取ってないんで、教科書には出番はありません。」
「……じゃあ、政宗。」
「も、書く場所ありません。」
「サスケ……」
「そもそも歴史上実在が不明っス。10代目。」
じゃ、オレもう解けるところないじゃん!
そこに獄寺君が追い討ちをかける。
「あと、上杉謙信は男です。」
「さすがにそこは知ってるよ!」
思わず振り向いてツッコミを入れた。
顔が近い。冷たそうな頬の上の、色素の薄いぽあぽあした産毛まではっきり見えるほど。
危ない、ぶつかるとこだった……て言うか事故でぶつかった方が良かったな。こういう時は偶然キスしたりしちゃうのがお約束じゃないか? ていうか、今からでもできないか?
不純なことを考えて硬直したオレを、きょとんと見つめ返して獄寺君が瞬きする。
うわあ、もう……!! ぜんっぜんわかってない。ごめんね、どーせこんなこと考えてるのオレばっかだよ。
慌てて正面に向き直ったら、何かが背中でぐりっとえぐれた。
「痛っ」
「あ、スミマセン!」
背後でごそごそ獄寺君の動く気配。のしかかる体重が0になって、一瞬背中が空っぽになる。首元に回された腕も外れて、しまった、引き止め損ねた。
唇を尖らせる、よりも早く視界の右端にすとんと何かが降ってきた。
「これが当たったんスね。すみません、気が付かなくて。」
ぺたんと背中に体温が戻る。
獄寺君の首から下がっていたネックレス。それが肩越しに落ちてきて、オレの胸元で揺れている。
「って、納得してる場合じゃないっすね。お背中大丈夫ですか? 10代目。痕とか痣とか、なってないといいんスけど……」
「いや! もう全然平気! 大丈夫!!」
「じゃあ、続きしましょうか、宿題の。」
「う、うん。」
また離れていく気配がしたので大慌てで否定した。
全っ然大丈夫じゃない。そんな至近距離で話さないで。
獄寺君がしゃべるたび、すぐそばで肺が膨らんで息を吐き出す、人のいる気配がする。ゆらゆらと獄寺君の首飾りが揺れる。
頬が火照ってきた。
わけわかんないよ。なんか急に恥ずかしくなってきた。
「10代目? まだ解けるとこありますよ、こことか。」
獄寺君が手を伸ばして空欄を指し示す。
イエズス会の宣教師『 』がキリスト教を……って、オレはそれどころじゃない。
髪の毛とか、頬の辺りに掠めてすっごいくすぐったいんだけど、獄寺君は平気なんだろうか。
「わ、わかんない。なんか、ヒント」
「ヒントっすか? そーっすね、ええと、山本がよく使う……」
「や、やまもと?」
ぱっと頭に山本の姿が浮かんで、オレはつい助けなんか求めてしまった。
ホント、助けて山本、なんかオレ暴走しそうなんだけど。
訴えかけたら脳内の山本は笑顔でこう言った。
『いーんじゃねーの? ツナ、やりたいならやっちまえば?』
いや、言わない。
山本は言わないこんなこと言わない……いや、言うかな、なんか言いそうな気がしてきた。悪いんだけど山本、一旦帰って。オレ本当に歯止めが利かなくなりそうだ。
右手でひらひらとイメージの山本を追い払う。
「……10代目?」
リアルの獄寺君の吐息が耳にかかる。
「どうかしましたか?」
どうかしたどころじゃない。
なんで獄寺君はニブいのかな。なんでこの距離で平然としていられるかな。
オレは、思いっきりどうかしてる。
っていうか、オレが変なのか? そう言えば先に手を引っ張ったのはオレだったような気がする。
「10代目?」
「ちょ、ちょっと待って、考えるから。」
「……はい。」
「ご、獄寺君は、よく平気でいられるよね?」
後に悔やむと書いて後悔と読む。
校長先生が朝会で言いそうな言葉が頭を駆け巡る。
後悔というのは言ってしまってからする物である。
違う、言いたかったのはそんなことじゃないのに。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて、獄寺君嫌じゃないかなっていうか、オレ、ちょっと寒かったから思わず引っ張っちゃったんだけど、だったらクーラー止めれば良かったんだよなって今思ったっていうかええと」
違う、オレが言いたかったのはそう言うことじゃなくて。
背中に感じていた重みが浮き上がる。
「ツナー!」
気まずい沈黙を打ち破ったのは母さんの声だった。
一階からだ。
「ツナー。聞こえてるー?」
何? って、普通に返そうとした声は横隔膜の辺りで引っ掛かって裏返ってしまった。
パタン、パタン。
スリッパの足音が階段を上ってくる。ああ、これは部屋のドアを開けられるパターンだ。閉め切っているとオレの部屋からリビングへは声が通らないので、母さんは遠慮なく部屋に入ってくる。
察知した獄寺君が動いた。
背中にぴゅうと冷たい風が吹き込む。それはあっという間に膨れ上がって、オレたちを引き離そうとする。
(……いやだ。)
解かれかけた獄寺君の腕を掴んだ。片手で固定して、獄寺君を背負ったままもう片手でドアを押し開ける。
腕立て伏せ状態だ。
「聞こえてるよ、何?」
「あら、聞こえてたの? 涼しくなってきたし、みんなでお買い物に行ってくるから、ツナはお留守番よろしくね。戸締まり面倒だから、二人とも一階に下りてきてくれると助かるんだけど……」
「オレ、宿題中だよ。二階にいるから。」
「そう。じゃあ、お庭に洗濯物干してあるから、それだけよろしくね。」
よろしくねって……。どーすんだよ、今から二人で留守番!?
|| STOP
言い訳反転>
当然ここからが本番なはずですが、二人っきりにするまでで力尽きました。
ていうか、個人的に主張したかった部分は「山本はきっと格ゲー弱い。キャラセンスが悪い。バサラならザビーとか使う」だったので、後は書かなくても……想像つくじゃん……。オイラが書かなくてもみんなわかるよ……さ。
ええい、獄寺の住んでる場所がはっきりしないのがいけないんだ!
同居してろよ右腕!
未完成放置。
通常ツナ獄。
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夏です。
ええと……夏って言ったら夏なの! ここ突っ込み不可!
そんな訳で夏です。
夏の健全な学生と言ったら、八月最後の一週間に溜まりまくった夏休みの課題との死闘だと思うんです。
というわけで、オレの目の前には。
国語数学理科社会英語、のワークブック。それぞれ見開き二十ページもあったりしてね。
うわ、それって全部で百回もまっさらなノートを広げなきゃいけないってことじゃん。夏休みをなんだと思ってんの。
と、百ページすべてまっさらな状態で八月二十五日に獄寺君に言ったら、初日から見開き三ページずつやってりゃ休日もありましたよ、と返されました。はい、ぐぅの音もございません。
でも夏休みの中に更に休暇を設けるとかありえないからね。あっはっは。……はぁ。
一日十五ページ? そう、ありがとう。計算速いね、獄寺君。メガネよく似合うね。有能な美人秘書みたいだね。あ、照れた? ……ハイごめんなさい。遊んでる場合じゃなかったです。これから一週間よろしくお願いします。……あーやだなあもお。
あ、でも読書感想文は終わってるんだ、オレ毎年走れメロス使い回してるから。しかも今年は同じく毎年メロス使い回してる山本と取り替えっこしたからね。ちゃんと語尾とかちょこちょこ書き換えたし、多分完璧。
あと今年は理科の自由研究も終わっている。共同研究可ってそういう意味だったんだ。持つべきものは友人って本当だな。
(……あ、最後のは結構本音だ。
三人でランボ達のプールぶん取って水遊びすんのは結構本気で楽しかった。)
(でもやっぱデータ処理は獄寺君に任せましたごめんなさい。
グラフ書いたりは手伝ったので許してください。
電卓も満足に使えなくてごめんなさい。)
「……終わらないって無理だってー。」
足利なんとかさんの上にシャーペン放り投げてオレはちゃぶ台に突っ伏した。
もはやここ数日のお約束。でも、珍しく。
「けど、もーすぐ戦国時代まできましたよー……ファイトっスじゅーだいめー」
今日は獄寺君までぐったりしているのは、オレたちが今ものすごくあほなことをしているからだ。
何って、『クーラーの室温設定30度から始めて、見開き一ページ終わったら室温設定を1度下げてよい。』とかそんなルールを作ってみたんだ。
最初はオレが問題を解くためだったんだけどね。問題解かなきゃ暑さから解放されないから。
でも、現在室温19度。
さっむい!
しかももう時刻は夕方だ。本当は窓を開けて扇風機回せばその方が快適。
地球環境にごめんなさい。明日はこんなバカはしません。いやほんとまじで。
さぁっむいってば!!
なのに、オレはまだ窓を閉め切って逆我慢大会をしていたりする。
なぜならば。
「……10代目ぇ。次のページで折り返しませんか?」
獄寺君はクーラーのリモコンを指差した。
半袖のポロシャツのオレはともかく、獄寺君はタンクトップに薄手のシャツを羽織っただけだ。この冷気が真剣にシャレにならないらしい。体育座りした上に両膝抱え込んで自分で自分を抱いている。
「……宿題の答え、見せてくれたら温度上げてもいい。」
「…………だめです。」
「じゃあ、まだ下げる。ああ、あっついなあ!」
オレは我ながらわざとらしい声を出してシャーペンを握り直した。
そう、意地になって馬鹿みたいな逆我慢大会を続けている理由はただ一つ。こんな具合になんかもう全然最初の趣旨と変わってきちゃってるからです。
だって、さぁ。
じゃあ君は何のために七月の最初の三日間でさっさと全問解いちゃったんですか。
暇つぶしかもしれないけど、嫌がらせじゃあないよね。
オレのためだよねソレ、勘違いでなきゃ。
なんだ? 最終手段は本当に最終まで出さないつもりなのか。徹夜で書き写し作業って、結構辛いんだけどな。今さっさと写してしまえば、残りわずかな夏休み、あと何日か遊びに行けるのに。獄寺君は行きたくないんだろうか。
それとももしかして獄寺君ほんとはオレのこと嫌いだったりとかするのか。
(…………ごめんなさい、今のは本当に冗談です。
忘れてください、オレは忘れます。)
オレは再び空欄だらけのノートとにらめっこする。
えーと。
この建物は金閣寺でこっちは銀閣寺です。孫悟空とは無関係なんだそうです。
オレ、千年も前のエラいヒトよりなんで金閣銀閣が孫悟空と関係ないかの方が知りたいよ。
え? 足利さんは千年も前じゃない?
えーい、年号も引き算も知るか! 年号の一番はじめが1だから全部大まかに千年前なの。
「……わかりました。西遊記は調べときますんで、金閣寺はざっくり六百年前で銀閣寺は五百年前っス。10代目。」
「いや、調べなくていいから答え見せて。」
「だめです。」
即答だし。なんだまだ元気じゃん。
ベッドの上の毛布貸してあげようかなとか思ったけどやめた。
つーかそのシャツ脱ぎやがれ。扇風機の風、直接当てるぞ、おらぁ。
……冗談です。最近オレ獄寺君の口調が感染ったよ。真似できるもん。
…………いや、本当に、今の本気じゃないから。オレ、マフィア関係ないし。
オレはページをめくる。
次いで、意地でクーラーの室温を一度下げる。
リモコンに乗せた手に、獄寺君の手が重なる。
ひんやり、冷たい。
「もう……やめませんか? 10代目。」
獄寺君の手のひらが冷たい。
リモコンより冷たい肌が白い。
白いけどあったかい。
(…………え?)
ごめんなさい。
もしかしてこれは本当に獄寺君は体調がヤバいんじゃないかと思い当たったのは、ささやかな幸福感がオレを満たした後でした。
(平気かな。)
オレは獄寺君の顔色を窺う。
獄寺君はペッタリとテーブルに突っ伏していた。
確かにテーブルの方が室温よりあったかいかもしれない。
左手だけ出して、ぴったりのオレの手に重ねている。
これは、完全に利用されてるな、オレの左手。ホッカイロか何かの代わりにされている。
クーラーの風が当たって、細い髪がはらはらとテーブルに散らばる。毛先が消しゴムのカスの上に乗っかってしまった。せっかくキレイな髪なのに汚れてしまう、と思ったけど、もうちょっと獄寺君を見ていたかったのでオレは手を引っ込めた。
蛍光灯を映して、緑の瞳の中に白い星が一つ。
姿勢はぐんにゃりしているけど、顔色はまだ平気そう。
(まだ大丈夫か。)
比較対象はビアンキ見てぶっ倒れたときの獄寺君だけど、まだ、大丈夫そう。
獄寺君と遊ぶときは慎重に。
でも、今はもうちょっと大丈夫そう。
シャーペンを放して手を伸ばして、銀の髪にくっついてしまったネズミ色の消しカスを取り払った。
「やめるって、宿題を?」
「じゃなくて……。冷房を。」
「答え。」
「だめです。」
「じゃあ続ける。」
「つか、18度って、こっから先ありませんよ。」
「じゃ、次から扇風機。」
「ええ?」
「ほら、あと三ページだから、弱中強でちょうど終わるじゃん。」
__沈黙。
「ねぇ、獄寺君、答え。」
「……ダメです。」
「さーて宿題するかぁ。」
オレ、絶対感染ったよ。このよくわかんない意地っ張り。
オレは一人で笑いを噛み殺す。獄寺君は、雨でずぶ濡れの子犬みたいな目でこっちを見ている。
うん、ごめん。これはちょっといじめすぎたかな。でも、ねえ。
さっきからリモコンの上で重なった獄寺君の手が、ぴったりくっついたまんま離れないんですが。
これはいけると思っていいですか。
(つか、そんな寒いんならこのまま勝手にリモコン押せばいいじゃん。)
手首を返して、重なっていた獄寺君の手を捕まえた。もう片手も捕まえて、引き寄せる。
オレの肩に獄寺君の腕を回して、そのまま獄寺君の身体を背中に乗せる。強制的におんぶ状態。
「、わ……」
獄寺君はちょっと驚いたような声を出して、でも逃げなかった。
獄寺君は逃げなかった。それどころか、両腕をオレの身体の前に回して、マフラーみたいに巻き付く。細い顎が肩に乗って、くすぐったい。ぴったりくっついた背中があったかい。
行けるかな、とは思ってたけど、あんまり素直にくっついてもらえたのでオレは急に恥ずかしくなった。実はこういうのはまだ慣れてない。
(だって、獄寺君あんまりくっついてきてくれたりしないしさ。)
べたべたしてるとか、いっつも一緒にいるとかリボーンなんかには冷やかされるけど、オレたちは実際はちょっと違う。獄寺君は、一緒にいてくれるけど、それ以上こっちには来てくれない。理由はよくわからない。結局、獄寺君から見たら、オレたちって10代目と右腕だから、なんだろうか。
だったらもういっそ据え膳頂いてしまえって気もするけれど、オレは獄寺君が好きなんであって右腕が好きな訳じゃないから、実行できない。それじゃあいつか、獄寺君に、オレが好きなのは沢田綱吉さんではなく10代目です、なんて言われてしまいそうな気がする。
(まさか、そんな日は来ない、とは思うけど。)
けど、自信はない。
(いや、オレ自信持ってることなんか一個もないけどね?)
結局、いつもお預け喰らっているのはオレの方だと思う。主導権も選択権もくれるけどでも、オレが欲しいのはそんなんじゃない。じゃあ何が欲しいんだろ。やることは一通りやってしまった。男同士だし、オレたちはまだ子供だし、こっから先は子供が出来る訳でも結婚する訳でもない。それでも一応、プロポーズでもしてみる? 二つ返事で一生付いてきますって言ってもらえそうだけど、そんなのが欲しい訳じゃない。右腕として一生お仕えする覚悟とか、されても困るんだ。オレが欲しいのはそういうのじゃなくて……何が欲しいんだろ。
……あ、なんだかぐるぐる考えてるうちに悲しくなってきた。
(せなか、あったかいな。)
背中が温かいので、オレは全部忘れて宿題をすることにした。
歴史は、今朝、縄文時代から始めてやっと戦国時代です。
この辺はゲームのおかげでちょっと詳しい自信がある。
ええと、織田信長と豊臣秀吉と……あれ?
「獄寺君、幸村は?」
「真田幸村は天下取ってないんで、教科書には出番はありません。」
「……じゃあ、政宗。」
「も、書く場所ありません。」
「サスケ……」
「そもそも歴史上実在が不明っス。10代目。」
じゃ、オレもう解けるところないじゃん!
そこに獄寺君が追い討ちをかける。
「あと、上杉謙信は男です。」
「さすがにそこは知ってるよ!」
思わず振り向いてツッコミを入れた。
顔が近い。冷たそうな頬の上の、色素の薄いぽあぽあした産毛まではっきり見えるほど。
危ない、ぶつかるとこだった……て言うか事故でぶつかった方が良かったな。こういう時は偶然キスしたりしちゃうのがお約束じゃないか? ていうか、今からでもできないか?
不純なことを考えて硬直したオレを、きょとんと見つめ返して獄寺君が瞬きする。
うわあ、もう……!! ぜんっぜんわかってない。ごめんね、どーせこんなこと考えてるのオレばっかだよ。
慌てて正面に向き直ったら、何かが背中でぐりっとえぐれた。
「痛っ」
「あ、スミマセン!」
背後でごそごそ獄寺君の動く気配。のしかかる体重が0になって、一瞬背中が空っぽになる。首元に回された腕も外れて、しまった、引き止め損ねた。
唇を尖らせる、よりも早く視界の右端にすとんと何かが降ってきた。
「これが当たったんスね。すみません、気が付かなくて。」
ぺたんと背中に体温が戻る。
獄寺君の首から下がっていたネックレス。それが肩越しに落ちてきて、オレの胸元で揺れている。
「って、納得してる場合じゃないっすね。お背中大丈夫ですか? 10代目。痕とか痣とか、なってないといいんスけど……」
「いや! もう全然平気! 大丈夫!!」
「じゃあ、続きしましょうか、宿題の。」
「う、うん。」
また離れていく気配がしたので大慌てで否定した。
全っ然大丈夫じゃない。そんな至近距離で話さないで。
獄寺君がしゃべるたび、すぐそばで肺が膨らんで息を吐き出す、人のいる気配がする。ゆらゆらと獄寺君の首飾りが揺れる。
頬が火照ってきた。
わけわかんないよ。なんか急に恥ずかしくなってきた。
「10代目? まだ解けるとこありますよ、こことか。」
獄寺君が手を伸ばして空欄を指し示す。
イエズス会の宣教師『 』がキリスト教を……って、オレはそれどころじゃない。
髪の毛とか、頬の辺りに掠めてすっごいくすぐったいんだけど、獄寺君は平気なんだろうか。
「わ、わかんない。なんか、ヒント」
「ヒントっすか? そーっすね、ええと、山本がよく使う……」
「や、やまもと?」
ぱっと頭に山本の姿が浮かんで、オレはつい助けなんか求めてしまった。
ホント、助けて山本、なんかオレ暴走しそうなんだけど。
訴えかけたら脳内の山本は笑顔でこう言った。
『いーんじゃねーの? ツナ、やりたいならやっちまえば?』
いや、言わない。
山本は言わないこんなこと言わない……いや、言うかな、なんか言いそうな気がしてきた。悪いんだけど山本、一旦帰って。オレ本当に歯止めが利かなくなりそうだ。
右手でひらひらとイメージの山本を追い払う。
「……10代目?」
リアルの獄寺君の吐息が耳にかかる。
「どうかしましたか?」
どうかしたどころじゃない。
なんで獄寺君はニブいのかな。なんでこの距離で平然としていられるかな。
オレは、思いっきりどうかしてる。
っていうか、オレが変なのか? そう言えば先に手を引っ張ったのはオレだったような気がする。
「10代目?」
「ちょ、ちょっと待って、考えるから。」
「……はい。」
「ご、獄寺君は、よく平気でいられるよね?」
後に悔やむと書いて後悔と読む。
校長先生が朝会で言いそうな言葉が頭を駆け巡る。
後悔というのは言ってしまってからする物である。
違う、言いたかったのはそんなことじゃないのに。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて、獄寺君嫌じゃないかなっていうか、オレ、ちょっと寒かったから思わず引っ張っちゃったんだけど、だったらクーラー止めれば良かったんだよなって今思ったっていうかええと」
違う、オレが言いたかったのはそう言うことじゃなくて。
背中に感じていた重みが浮き上がる。
「ツナー!」
気まずい沈黙を打ち破ったのは母さんの声だった。
一階からだ。
「ツナー。聞こえてるー?」
何? って、普通に返そうとした声は横隔膜の辺りで引っ掛かって裏返ってしまった。
パタン、パタン。
スリッパの足音が階段を上ってくる。ああ、これは部屋のドアを開けられるパターンだ。閉め切っているとオレの部屋からリビングへは声が通らないので、母さんは遠慮なく部屋に入ってくる。
察知した獄寺君が動いた。
背中にぴゅうと冷たい風が吹き込む。それはあっという間に膨れ上がって、オレたちを引き離そうとする。
(……いやだ。)
解かれかけた獄寺君の腕を掴んだ。片手で固定して、獄寺君を背負ったままもう片手でドアを押し開ける。
腕立て伏せ状態だ。
「聞こえてるよ、何?」
「あら、聞こえてたの? 涼しくなってきたし、みんなでお買い物に行ってくるから、ツナはお留守番よろしくね。戸締まり面倒だから、二人とも一階に下りてきてくれると助かるんだけど……」
「オレ、宿題中だよ。二階にいるから。」
「そう。じゃあ、お庭に洗濯物干してあるから、それだけよろしくね。」
よろしくねって……。どーすんだよ、今から二人で留守番!?
|| STOP
言い訳反転>
当然ここからが本番なはずですが、二人っきりにするまでで力尽きました。
ていうか、個人的に主張したかった部分は「山本はきっと格ゲー弱い。キャラセンスが悪い。バサラならザビーとか使う」だったので、後は書かなくても……想像つくじゃん……。オイラが書かなくてもみんなわかるよ……さ。
ええい、獄寺の住んでる場所がはっきりしないのがいけないんだ!
同居してろよ右腕!
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