08在庫整理第六弾。
未完成放置。
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「獄寺さーん……、あのぅ、オレです、ランボです。その、獄寺さん宛に書類が届いてて、届けに……」
ノックしても声をかけても、ドアの向こうから返事はない。
なんて事だ。
この時間にって、連絡は行っているはずなのに。
だからこっちは遅刻しないように早く来て、15分も彼の私室のドアの前をさりげなーくいかにもただ通りがかった風を装って往復して、で、何度も何度も腕時計とにらめっこして、やっと意を決してノックしたのに。呼び出し時刻5分前なら、礼儀には反さないはずだ、と、勇気を振り絞って。
なのに、返事はなかった。ドアを開けるため近づいてくる足音も、当然ない。
(そもそも今まで獄寺がドアを開けてランボを出迎えてくれた事なんてない。大体機嫌悪そうに「どーぞ。」と声がして、ドアを開けなり「おっせーよ!」か「はえーんだよ!」のどっちかの怒声が飛んでくる。そりゃ、指定時刻に書類一つ届けるだけなのに、こんなにびくびくしてしまうのもしょうがない、と、ランボは自分で自分を慰める。)
さて本当にどうしよう。
ドアの向こうはしーんと静まり返っていて、どうしたらいいんだろうと途方に暮れるうちに時間は過ぎて、3分前になってしまった。
よし。
深呼吸して再びノックする。呼びかける。
返事、なし。
もしかして本当に予定時刻ぴったりでなきゃ受け取ってくれないんだろうか。
さらに3分待ち、(その間になんだかダラダラ冷や汗をかき出してしまったのは内緒だ。オレはそんな弱虫じゃない。)もう半分泣きたい気分でランボは3回目のノックをする。
「あの、獄寺さん! オレです! ランボです、書類届けに来ました!!」
…………返事、ないし!!
こうなってくるともう自棄だった。
どうせ怒られるんなら、もうこっちから乗り込んでって殴られてやる!
(痛いのは嫌だけど!!)
「入りますからね! し、失礼します!!」
カードキーでドアを開け一歩室内に入った。
薄暗い。カーテンが閉まっている。照明も点いていない。ソファにジャケットが脱ぎ捨てられている。そして、部屋の主の姿はない。
背後で、ぱたんとドアが閉まり、カチとオートロックで鍵がかかる音がした。
部屋が真っ暗になる。暗い部屋に(しかも獄寺さんの部屋に!)一人きり。
どおしよう……ねぇ、ボス、フゥ太、ボンゴレっ! オレ、どうしたらいいですか!?
ぐず、と、洟をすすりあげ、ランボは二間続きの隣室、閉ざされた寝室のドアに目を遣った。
やっぱり……起こさなきゃダメですか!?
ボンゴレは、現在世界一周外遊中だ。
旅程はおよそ3週間。本来ならば、獄寺も同行するはずだった。
が、出発直前に通信機のトラブルがあったのだ。地球の裏側とだってコンマ一秒のずれもなく鮮明な映像つきで会話できる……なんて21世紀も1/5終わった現在では当然の技術を、最先端のセキュリティ技術で何重にもガードした、飛行機より高価な通信機。それが故障した。原因は不明。といっても、最先端の固まりなだけあってデリケートな機械だから、故障発生自体はもはや運と確率の世界の話で、さして問題視されなかった。
問題は、これなしでは本部の通常業務が一部大幅に滞る事だった。半月以上も意思決定機関と連携が取れなくなるのだから無理もない。
そうこうするうちにも出立時刻は差し迫ってくる。通信機復旧のめどは立たない。過密スケジュールだから出立を遅らせるなんて論外。かといって本部を3週間も休ませておけるはずもなく……。
結局、たまたま本部に居合わせた笹川了平を「暇だったよな」の一言で獄寺が飛行機に押し込み、彼が一人本部に残って通常業務を処理することになったのだ。
『ダメな大人の見本がいる。』
寝室のドアを開けて、ランボの脳裏に浮かんだのはまさしくその一言だった。部屋にはタバコの煙が充満している。それから、くらくらするような強いアルコールの匂い。ランボは思わず顔の前の空気を手で追い払った。なんだか目がチカチカする気がして、目を眇めて部屋の様子を窺う。
薄暗い室内の壁際に置かれたベッドの上、毛布が一人分の膨らみを作っている。(こうしてみると、威圧感のわりに痩せた人だ)
そして、その向こうにぐしゃぐしゃに寝乱れた銀髪が見えていた。
……寝てます、よね。やっぱり。あの、ボンゴレ、ってゆーか……ツナぁ……
胸中で、ランボはこのダメな大人(と、自分)の保護者に呼びかける。
ここにダメな大人がいまーす。起こしてもいいですか? というか、むしろ、起こさなきゃダメですか? いや、オレ、正直そこにこの小包置いて帰りたいんですけど、規則上、手渡ししなきゃだし、これ、オレの仕事だし、寝ている方が悪いんだし……。オレ、悪くないよね? 間違ってないよね? 怒鳴られたらあなたの名前出していいですか? ボンゴレに言いつけますって言って、我が身の安全を図ってもいいですか? だって……
ランボはドアに寄りかかって、深い深い溜息を吐いた。
だってあの、殺されます、オレ。
置いてきぼりをくらった(と言っても、自分から言い出したのだから更にたちが悪い)獄寺の機嫌の悪さは、そりゃあとんでもないものだった。
さすがに仕事中は、部下に対しては、仮面のような平静さを保っていた。それが逆に怖い、と事情を知る本部スタッフはひそひそ噂していたのだが、それに対してもチビボムどころか怒声さえ飛んでくることはなかった。日常業務は粛々と処理されていった。ボンゴレの決裁が必要で、且つセキュリティレベルを考えると一般回線では転送できない重要書類が山になっていく以外は。
それら重要書類は、急遽獄寺に代わり一週間交代でボンゴレの護衛に当たることになった守護者、つまり笹川と山本が、引き継ぎの際に直接持って行く手はずになっていた。
ボンゴレが出立してから6日目。
書類を受け取りに来た山本は、「うわー、これ手で持ってくの? 江戸時代みてぇ」と言い、「第二次世界大戦でも主な通信手段は伝書鳩だったんだよ、この鳥並みのバーカ!!」と理不尽な称号を授かった。
9日目。
サンパウロで山本と交代して本部に戻って来た笹川はほぼ手ぶらだった。
獄寺に一週間分の外交記録を渡し、ランボには「これは沢田からな」となぜかチョコレートを渡した。
「てめー、仕事して来たんだよな?」
「護衛のな。あ、初めてサッカーを球場でみたんだが、団体競技はやはり極限まどろっこしいな。ボックス席からでは人が豆粒でよくわからん。途中、どこかの裏道で見かけたカポエィラの方が面白かったぞ。あれは、たしかリオだったか……」
「芝生、お前仕事して来たんだよな! てめーのことばっかじゃねぇか!」
一瞬、笹川は考える。
「沢田は、退屈そうだったぞ。」
「外遊ってのはそんなもんなんだよ。」
獄寺はため息をついた。
「ところで、飛行機に押し込まれてしまったが、オレのやりかけの……」
「ああ、決算はオレがやっといた。お前のサインがいる奴だけのこってるから、目を通しとけ。あと、グスターヴォの五番街、なんか縄張り揉めそうな気配だから顔出しとけ。てめーが行きゃ収まんだろ。」
「やれやれ、人使いが荒いな。」
うっせーよ、とぼやいて獄寺はタバコに火をつけた。
「つか、てめー、字が汚ねぇんだよ! 引き継ぎ考えてもっと丁寧に書きやがれ! 読めねぇんだよ!」
「ハハ、日本語で書いてもいいのならな。」
笹川は苦笑いし、部屋を出る途中にポンとランボの頭を叩いた。
なるほど、これはそういうチョコレートか。
ランボは納得し、これでまだ全日程の1/3も済んでいないという事実に泣きたくなった。
13日目。
笹川が、再び本部にデータを受け取りにやって来た。留守中に任せる仕事を獄寺に引き継いで、引き換えに受け取った書類の束をみて驚く。
「タコ頭。これは山本のときより増えてるのではないか?」
「しょーがねーだろ。もうすぐ2週間だ。番号振ってあるから順番に始末するようにお伝えしてくれ。多分、いくつかは山本の出立までに片付く。」
「……それだけか? 伝言。」
「他に何があんだよ。」
獄寺は寝不足気味の血走った目で笹川を睨む。
「わかった、伝えておく。」
言い残して笹川は部屋を出て行った。
そして、15日目。
上海で笹川と交代して帰って来た山本は、預かって来たデータファイルをどさっとボンゴレの机において、『それから、これは伝言な』と、彼は言った。
「ツナが、『オレがいないからってタバコ吸いすぎたりお酒飲みすぎたり徹夜したり食事抜いたりするなよ』だってさ。」
もちろん、とっくに全部やっている。
苦虫をかみつぶしたような顔で獄寺はコーヒーをすすった。
なんでこの場に居合わせちゃったんだろう。
ランボは後悔した。なんでって、そのコーヒーを入れたのが、ランボだったからだ。
山本は獄寺を取り巻くギスギスどろどろしたオーラにもちっとも動じていなくて、それが余計に獄寺の苛立ちに拍車をかけていた。ランボはお茶を入れようなんて余計な気遣いを思いついてしまった事を心底後悔した。
逃げよう。さりげなく、何もおこらないうちに。
ランボが後ろ手にそーっとドアノブに手をかけたところで、「獄寺さぁ、」と山本が言った。
「そんなにいじけんなって。また次の機会あんだろ?」
がっしゃん!
これは獄寺がカップを机に叩き付けた音。
「誰がいじけてるって? おい、てめ、もっぺん言ってみろ!」
「え、『いじけてる』じゃだめ? 『拗ねてる』のがいい?」
「そーゆー問題じゃねえ! 馬鹿にすんのも大概にしろよ、この……」
この辺で一発蹴りが入った。ような気がする。バスン、と衝撃を受け止める音。
けれど、衝撃を完全に止めることはできなかったんだろう。どんがらぐぁっしゃんと何かが崩れる音をランボは耳を塞いで聞いていた。
片付け、山本さんが手伝ってくれるといいなあと淡い望みを抱きながら。いつもの調子で宥める声が聞こえてるから、大丈夫だと思うんだけど。ブン、と風を切って彼が手を振り払う。
ばさばさーっと、今度は積んであった紙の資料が崩れる音がして、合間から山本の声が聞こえた。
「まあ、気持ちはわかねーでもねーけど、」
それから、ひどく優しい、軽いため息。
「ツナも、拗ねてたぞ?」
物音が止んだ。
そろーっと縮めた首を回してランボが様子を窺うと、獄寺と目が合った。頬が紅潮しているのは、乱闘の所為じゃない。
「……見てんじゃねぇよ!」
「はっ、はいっ! ごめんなさい、お邪魔しました失礼しますっ!」
逃げるように、ランボは部屋から飛び出した。閉まりゆくドアの隙間から山本の声が漏れ聞こえた。
「さーてと。じゃ、さっさと片付けて、たまには二人でメシ食いにでも行くか? どーせタバコと酒しかやってねーんだろ?」
そして今日は17日目の朝。
定時報告によれば旅程はつつがなく進行している。あと5回夜を越えればボンゴレが帰ってくる。
その5回が、とんでもなく長いんだけど。
それだけあったらどれだけのコトが起こりうるだろうとランボは考えた。考えたら、泣きながら逃げ出したくなってきたので、考えるのをやめた。
とりあえず、獄寺さんがカートン単位でタバコを消費するぐらいの時間がある。うわあ。
昨日、そんなに遅くはなかったよね? 二人の帰ってくる足音。
ベッドの、一人分の膨らみを見ながらランボは考える。
なのに、こんな時間までぐっすり寝ているのはとても珍しいことだった。
現在時刻は午前8時。いつもなら彼はとっくにシャワーを浴びて着替えと朝食を済ませて、執務室に行く前のわずかな時間を利用して新聞に目を通しているはずだった。
ランボは、まだどうしたものか決断できずにいた。
ともかく、足音を忍ばせて、彼の頭の方に歩み寄る。
アルコールとタバコの煙と、それからなんだか涙腺を刺激するような香水の匂い。それが、一層強くなる。
彼のベッドはひどく乾燥して見えた。白い(純白じゃない、ブリザードみたいな掠れた白だ。)上掛けが足下から背中の半分ほどまでを覆っていて、露になっている白い背中は、やはりひどく渇いているという印象をランボに与えた。
自分の背中なんて見た経験はないけれど、自分の腕や胸の白のしなやかさに比べて、ひどくさらさらとまるで砂みたいに渇いていると思ったのだ。
その代わり、傷は、驚くほど少なかった。あんなに始終我が身を粗末にするなとボンゴレに言われているのに。もしかしたら、彼はいつも爆風を正面から受けて、背後のボンゴレを守るせいかもしれない。
一番大きな傷は、彼の左肩にあった。刀のような細い直線上の傷じゃない。爆風に飛ばされた破片、大きなコンクリート片が掠めでもしたのだろう。まるで、枯れたの柊の葉のような傷跡だった。
痛そうだな、と思う。触ってはいけないような気がする。
小さな包みをぎゅっと抱えて、ランボは声を張り上げた。
「……あの! 起きてください、獄寺さん。ボンゴレから届け物です。」
|| STOP
言い訳反転>
元々は長編で大人ランボを書くために練習で書き出したもの。
オチを決めていなかったのと、本来の目的の長編が書き終わったのと
ツナが出てこないので(最大の理由)優先順位争いから脱落して未だに未完成。
未完成放置。
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「獄寺さーん……、あのぅ、オレです、ランボです。その、獄寺さん宛に書類が届いてて、届けに……」
ノックしても声をかけても、ドアの向こうから返事はない。
なんて事だ。
この時間にって、連絡は行っているはずなのに。
だからこっちは遅刻しないように早く来て、15分も彼の私室のドアの前をさりげなーくいかにもただ通りがかった風を装って往復して、で、何度も何度も腕時計とにらめっこして、やっと意を決してノックしたのに。呼び出し時刻5分前なら、礼儀には反さないはずだ、と、勇気を振り絞って。
なのに、返事はなかった。ドアを開けるため近づいてくる足音も、当然ない。
(そもそも今まで獄寺がドアを開けてランボを出迎えてくれた事なんてない。大体機嫌悪そうに「どーぞ。」と声がして、ドアを開けなり「おっせーよ!」か「はえーんだよ!」のどっちかの怒声が飛んでくる。そりゃ、指定時刻に書類一つ届けるだけなのに、こんなにびくびくしてしまうのもしょうがない、と、ランボは自分で自分を慰める。)
さて本当にどうしよう。
ドアの向こうはしーんと静まり返っていて、どうしたらいいんだろうと途方に暮れるうちに時間は過ぎて、3分前になってしまった。
よし。
深呼吸して再びノックする。呼びかける。
返事、なし。
もしかして本当に予定時刻ぴったりでなきゃ受け取ってくれないんだろうか。
さらに3分待ち、(その間になんだかダラダラ冷や汗をかき出してしまったのは内緒だ。オレはそんな弱虫じゃない。)もう半分泣きたい気分でランボは3回目のノックをする。
「あの、獄寺さん! オレです! ランボです、書類届けに来ました!!」
…………返事、ないし!!
こうなってくるともう自棄だった。
どうせ怒られるんなら、もうこっちから乗り込んでって殴られてやる!
(痛いのは嫌だけど!!)
「入りますからね! し、失礼します!!」
カードキーでドアを開け一歩室内に入った。
薄暗い。カーテンが閉まっている。照明も点いていない。ソファにジャケットが脱ぎ捨てられている。そして、部屋の主の姿はない。
背後で、ぱたんとドアが閉まり、カチとオートロックで鍵がかかる音がした。
部屋が真っ暗になる。暗い部屋に(しかも獄寺さんの部屋に!)一人きり。
どおしよう……ねぇ、ボス、フゥ太、ボンゴレっ! オレ、どうしたらいいですか!?
ぐず、と、洟をすすりあげ、ランボは二間続きの隣室、閉ざされた寝室のドアに目を遣った。
やっぱり……起こさなきゃダメですか!?
ボンゴレは、現在世界一周外遊中だ。
旅程はおよそ3週間。本来ならば、獄寺も同行するはずだった。
が、出発直前に通信機のトラブルがあったのだ。地球の裏側とだってコンマ一秒のずれもなく鮮明な映像つきで会話できる……なんて21世紀も1/5終わった現在では当然の技術を、最先端のセキュリティ技術で何重にもガードした、飛行機より高価な通信機。それが故障した。原因は不明。といっても、最先端の固まりなだけあってデリケートな機械だから、故障発生自体はもはや運と確率の世界の話で、さして問題視されなかった。
問題は、これなしでは本部の通常業務が一部大幅に滞る事だった。半月以上も意思決定機関と連携が取れなくなるのだから無理もない。
そうこうするうちにも出立時刻は差し迫ってくる。通信機復旧のめどは立たない。過密スケジュールだから出立を遅らせるなんて論外。かといって本部を3週間も休ませておけるはずもなく……。
結局、たまたま本部に居合わせた笹川了平を「暇だったよな」の一言で獄寺が飛行機に押し込み、彼が一人本部に残って通常業務を処理することになったのだ。
『ダメな大人の見本がいる。』
寝室のドアを開けて、ランボの脳裏に浮かんだのはまさしくその一言だった。部屋にはタバコの煙が充満している。それから、くらくらするような強いアルコールの匂い。ランボは思わず顔の前の空気を手で追い払った。なんだか目がチカチカする気がして、目を眇めて部屋の様子を窺う。
薄暗い室内の壁際に置かれたベッドの上、毛布が一人分の膨らみを作っている。(こうしてみると、威圧感のわりに痩せた人だ)
そして、その向こうにぐしゃぐしゃに寝乱れた銀髪が見えていた。
……寝てます、よね。やっぱり。あの、ボンゴレ、ってゆーか……ツナぁ……
胸中で、ランボはこのダメな大人(と、自分)の保護者に呼びかける。
ここにダメな大人がいまーす。起こしてもいいですか? というか、むしろ、起こさなきゃダメですか? いや、オレ、正直そこにこの小包置いて帰りたいんですけど、規則上、手渡ししなきゃだし、これ、オレの仕事だし、寝ている方が悪いんだし……。オレ、悪くないよね? 間違ってないよね? 怒鳴られたらあなたの名前出していいですか? ボンゴレに言いつけますって言って、我が身の安全を図ってもいいですか? だって……
ランボはドアに寄りかかって、深い深い溜息を吐いた。
だってあの、殺されます、オレ。
置いてきぼりをくらった(と言っても、自分から言い出したのだから更にたちが悪い)獄寺の機嫌の悪さは、そりゃあとんでもないものだった。
さすがに仕事中は、部下に対しては、仮面のような平静さを保っていた。それが逆に怖い、と事情を知る本部スタッフはひそひそ噂していたのだが、それに対してもチビボムどころか怒声さえ飛んでくることはなかった。日常業務は粛々と処理されていった。ボンゴレの決裁が必要で、且つセキュリティレベルを考えると一般回線では転送できない重要書類が山になっていく以外は。
それら重要書類は、急遽獄寺に代わり一週間交代でボンゴレの護衛に当たることになった守護者、つまり笹川と山本が、引き継ぎの際に直接持って行く手はずになっていた。
ボンゴレが出立してから6日目。
書類を受け取りに来た山本は、「うわー、これ手で持ってくの? 江戸時代みてぇ」と言い、「第二次世界大戦でも主な通信手段は伝書鳩だったんだよ、この鳥並みのバーカ!!」と理不尽な称号を授かった。
9日目。
サンパウロで山本と交代して本部に戻って来た笹川はほぼ手ぶらだった。
獄寺に一週間分の外交記録を渡し、ランボには「これは沢田からな」となぜかチョコレートを渡した。
「てめー、仕事して来たんだよな?」
「護衛のな。あ、初めてサッカーを球場でみたんだが、団体競技はやはり極限まどろっこしいな。ボックス席からでは人が豆粒でよくわからん。途中、どこかの裏道で見かけたカポエィラの方が面白かったぞ。あれは、たしかリオだったか……」
「芝生、お前仕事して来たんだよな! てめーのことばっかじゃねぇか!」
一瞬、笹川は考える。
「沢田は、退屈そうだったぞ。」
「外遊ってのはそんなもんなんだよ。」
獄寺はため息をついた。
「ところで、飛行機に押し込まれてしまったが、オレのやりかけの……」
「ああ、決算はオレがやっといた。お前のサインがいる奴だけのこってるから、目を通しとけ。あと、グスターヴォの五番街、なんか縄張り揉めそうな気配だから顔出しとけ。てめーが行きゃ収まんだろ。」
「やれやれ、人使いが荒いな。」
うっせーよ、とぼやいて獄寺はタバコに火をつけた。
「つか、てめー、字が汚ねぇんだよ! 引き継ぎ考えてもっと丁寧に書きやがれ! 読めねぇんだよ!」
「ハハ、日本語で書いてもいいのならな。」
笹川は苦笑いし、部屋を出る途中にポンとランボの頭を叩いた。
なるほど、これはそういうチョコレートか。
ランボは納得し、これでまだ全日程の1/3も済んでいないという事実に泣きたくなった。
13日目。
笹川が、再び本部にデータを受け取りにやって来た。留守中に任せる仕事を獄寺に引き継いで、引き換えに受け取った書類の束をみて驚く。
「タコ頭。これは山本のときより増えてるのではないか?」
「しょーがねーだろ。もうすぐ2週間だ。番号振ってあるから順番に始末するようにお伝えしてくれ。多分、いくつかは山本の出立までに片付く。」
「……それだけか? 伝言。」
「他に何があんだよ。」
獄寺は寝不足気味の血走った目で笹川を睨む。
「わかった、伝えておく。」
言い残して笹川は部屋を出て行った。
そして、15日目。
上海で笹川と交代して帰って来た山本は、預かって来たデータファイルをどさっとボンゴレの机において、『それから、これは伝言な』と、彼は言った。
「ツナが、『オレがいないからってタバコ吸いすぎたりお酒飲みすぎたり徹夜したり食事抜いたりするなよ』だってさ。」
もちろん、とっくに全部やっている。
苦虫をかみつぶしたような顔で獄寺はコーヒーをすすった。
なんでこの場に居合わせちゃったんだろう。
ランボは後悔した。なんでって、そのコーヒーを入れたのが、ランボだったからだ。
山本は獄寺を取り巻くギスギスどろどろしたオーラにもちっとも動じていなくて、それが余計に獄寺の苛立ちに拍車をかけていた。ランボはお茶を入れようなんて余計な気遣いを思いついてしまった事を心底後悔した。
逃げよう。さりげなく、何もおこらないうちに。
ランボが後ろ手にそーっとドアノブに手をかけたところで、「獄寺さぁ、」と山本が言った。
「そんなにいじけんなって。また次の機会あんだろ?」
がっしゃん!
これは獄寺がカップを机に叩き付けた音。
「誰がいじけてるって? おい、てめ、もっぺん言ってみろ!」
「え、『いじけてる』じゃだめ? 『拗ねてる』のがいい?」
「そーゆー問題じゃねえ! 馬鹿にすんのも大概にしろよ、この……」
この辺で一発蹴りが入った。ような気がする。バスン、と衝撃を受け止める音。
けれど、衝撃を完全に止めることはできなかったんだろう。どんがらぐぁっしゃんと何かが崩れる音をランボは耳を塞いで聞いていた。
片付け、山本さんが手伝ってくれるといいなあと淡い望みを抱きながら。いつもの調子で宥める声が聞こえてるから、大丈夫だと思うんだけど。ブン、と風を切って彼が手を振り払う。
ばさばさーっと、今度は積んであった紙の資料が崩れる音がして、合間から山本の声が聞こえた。
「まあ、気持ちはわかねーでもねーけど、」
それから、ひどく優しい、軽いため息。
「ツナも、拗ねてたぞ?」
物音が止んだ。
そろーっと縮めた首を回してランボが様子を窺うと、獄寺と目が合った。頬が紅潮しているのは、乱闘の所為じゃない。
「……見てんじゃねぇよ!」
「はっ、はいっ! ごめんなさい、お邪魔しました失礼しますっ!」
逃げるように、ランボは部屋から飛び出した。閉まりゆくドアの隙間から山本の声が漏れ聞こえた。
「さーてと。じゃ、さっさと片付けて、たまには二人でメシ食いにでも行くか? どーせタバコと酒しかやってねーんだろ?」
そして今日は17日目の朝。
定時報告によれば旅程はつつがなく進行している。あと5回夜を越えればボンゴレが帰ってくる。
その5回が、とんでもなく長いんだけど。
それだけあったらどれだけのコトが起こりうるだろうとランボは考えた。考えたら、泣きながら逃げ出したくなってきたので、考えるのをやめた。
とりあえず、獄寺さんがカートン単位でタバコを消費するぐらいの時間がある。うわあ。
昨日、そんなに遅くはなかったよね? 二人の帰ってくる足音。
ベッドの、一人分の膨らみを見ながらランボは考える。
なのに、こんな時間までぐっすり寝ているのはとても珍しいことだった。
現在時刻は午前8時。いつもなら彼はとっくにシャワーを浴びて着替えと朝食を済ませて、執務室に行く前のわずかな時間を利用して新聞に目を通しているはずだった。
ランボは、まだどうしたものか決断できずにいた。
ともかく、足音を忍ばせて、彼の頭の方に歩み寄る。
アルコールとタバコの煙と、それからなんだか涙腺を刺激するような香水の匂い。それが、一層強くなる。
彼のベッドはひどく乾燥して見えた。白い(純白じゃない、ブリザードみたいな掠れた白だ。)上掛けが足下から背中の半分ほどまでを覆っていて、露になっている白い背中は、やはりひどく渇いているという印象をランボに与えた。
自分の背中なんて見た経験はないけれど、自分の腕や胸の白のしなやかさに比べて、ひどくさらさらとまるで砂みたいに渇いていると思ったのだ。
その代わり、傷は、驚くほど少なかった。あんなに始終我が身を粗末にするなとボンゴレに言われているのに。もしかしたら、彼はいつも爆風を正面から受けて、背後のボンゴレを守るせいかもしれない。
一番大きな傷は、彼の左肩にあった。刀のような細い直線上の傷じゃない。爆風に飛ばされた破片、大きなコンクリート片が掠めでもしたのだろう。まるで、枯れたの柊の葉のような傷跡だった。
痛そうだな、と思う。触ってはいけないような気がする。
小さな包みをぎゅっと抱えて、ランボは声を張り上げた。
「……あの! 起きてください、獄寺さん。ボンゴレから届け物です。」
|| STOP
言い訳反転>
元々は長編で大人ランボを書くために練習で書き出したもの。
オチを決めていなかったのと、本来の目的の長編が書き終わったのと
ツナが出てこないので(最大の理由)優先順位争いから脱落して未だに未完成。
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